雇用調整

この世に生まれて来て、殆どの人間が、有る一定の年齢になると様々な職に就くようになる。私達の小さい頃は働かざるもの食うべからず、と教えられたもので有る。子供で有ろうとも、労働の尊さを言葉でも家庭内のお手伝いからでも、学んで来たので有る。それは人間として当り前な事で有る。私達は自分の為に生きて居るように、傍の者を楽させる為に働くので有る。
今は、日本でも有名なブランド力を持つ大手企業が、大量の従業員解雇を余儀無くする時代で有る。其処に至るまでには苦渋に満ちた決断を、個々の会社も迫られた事で有ろう。会社が何十年間にも渡って自社の為に、昼夜を問わず汗水垂らして働いてくれた、一人一人の首を切ると言う事は断腸の思いで有ったろう。
雇用調整などと言うと味も素っ気も無い言葉で有るが、クビと言う言葉は耳にキツイ言葉なので、そのような言葉に変えられたのかも知れない。この狭い日本で、しかも何も資源も無い国で、あらゆる企業や会社で雇用が狭まっている状況は、人間で言うならば脳梗塞でも起こして居る状況で有ろうか。分かち合いと言う言葉が有るが、辛い時で有ればこそ、多少は給与は下げられたとしても、会社に在籍する事が出来るならば有難いと思う方達も多いで有ろう。
雇用調整で企業や会社を去らねばならぬ人間も、残される人間も複雑な思いで有ろう。誰しもが長い人生の中で自らが不本意な解雇を強いられるとは、思っても居ない事で有るし、家族を養わなければならぬ身なれば、一概に会社の方針に従う事には抵抗が有るに決まって居る。私の身近な人間も、最近、そのような不躾な解雇を言い渡されたが、本人も私達も、こちらに何の落ち度も無かった事で有るし、立腹もしたが、弱く、先の見えない会社の一人間が行う事で、苛立つ事よりも、目には見えないけれど、上に居ます神様の配慮が有って為された事と思っている。物事は神様の計画のもとに全ての被造物の人生が、動いていると信じているし、全て、身の上に起こる事は、やがてその理由も判ると思うのだ。今はまだ判らずとも、いつかきっと、何故、このような理不尽な事柄が身に降りかかったのか、判る時がやって来るものだ。
今や国内では企業の雇用調整によって、多くの人員削減で巷には失業者が溢れて居ることで有ろう。しかし、失業者になったからと言って、心まで萎えてしまってはならないのだ。心の支配まで他人の決断に委ねて高揚したり、落ち込んだりしてはならない。誰もが人生に於いて一度や二度の挫折を味わわなければならぬ時も有ろうが、この経験から学ぶ事が出来るかどうかで、人間の質も決まると言えよう。

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